【書評】貴志祐介『黒い家』評価B+ 久しぶりに良書ですな!

本の評価

貴志祐介『黒い家』角川ホラー文庫

¥680(税別)

評価 B+ 

黒い家 (角川ホラー文庫)

黒い家 (角川ホラー文庫)

 

 読んだ後の味わい(感想)

久しぶりの良書に出会いました。小説を読むと自分の知らなかった世界に出会えるので僕は大好きなのですが、この本は犯罪心理学サイコパス、生命保険の業界、そして著者である貴志さんがおそらく保険業界で働いていた時に感じた思いも書いてあるので非常に勉強にもなりました。

貴志さんは誰しもが根底に持っている冷酷さや残酷さを表現することが非常に上手で、今回の本はあまりツッコミどころ等はなく、すーっと本の世界に入ることができました。

ぶっちゃけネタバレギリギリのあらすじを書いてみる

主人公である若槻慎二(わかつきしんじ)は生命保険会社の主任をしています。

事故の状況を見て保険金を支払うか判断する部署にいるため、保険金が下りなくて乗り込んでくる客を対応する毎日を送っています。

通常は窓口にいる方が応対をするのですが、手に余ると主任である若槻が対応することになっています。

ある時、自分に身に覚えのない客から名指しで電話があり、先方の電話はよく聞こえないが、家に来てほしいと言っていることがわかります。

厄介なクレーマーか何かだなと思ってその家に向かうと、電話をしてきた客だと思われる男が、ちょうどどこからか帰ってきたようで、家の中に案内されます。

家の中は非常に生臭い上に、大量の子犬が。

男は左手だけ軍手をはめて作業着姿のまま、愛想よく若槻に、息子が人見知りで子供部屋から出てこないから、呼んできてほしいと頼みます。

若槻はむげに断わることができず子供部屋ドアをそっと開けると、宙ぶらりんになった子供の首吊り死体を発見します。そして、その驚いた若槻の反応を確かめていた男の姿を。

見どころ

著者である貴志さんがもともと生命保険会社に勤務していたことがあるからリアル

まず初めに見どころとしては、生命保険会社の業務内容がしっかりと書かれていたり、今までに起きた生命保険絡みの死亡事故や殺人事件が書かれている部分が、ただ事実を述べているだけではなく、なぜこの事件は保険金が降りたのか等の保険マンの目線で書かれてあり、非常に勉強になります。

そして、著者がこの本を書くにあたり大量の事件を見ているせいか、あらすじで書いた「男」やそこから捲き起こる騒動が、非常に生々しく書かれています。

人間が保険金のためならばどういう行動を起こすことができるのかを、犯罪心理学精神疾患といった観点からも分析をしています。

人間が幼少期に受けたことが、どういう精神状態になり、理性が働く常人とは異なる点もわかります。

ネタバレになってしまうと怖いのですが、作中に

「情勢欠如者と診断された犯罪者の中には、しばしば、生まれつき嗅覚障害の人間が見出されているということね」

という文章が出てきているのですが、この文章で、この作品のペルソナが非常にしっかり作られていることがわかります。

表面だけの設定ではなく、その裏側にある設定がしっかりしているため、この本の深まっているのだと思います。

まとめ

ある言葉で「善意で踏み固められた道も地獄へ通じていることがある」というものがあり、作中にも出てくるのですが、今回の「黒い家」で表現したかったものはこの言葉だと思いました。そして、最後にこの言葉を逆にした「悪意で作られた塀も防波堤となることがある」という言葉も作中に出てきます。

「黒い家」は日本ホラー小説大賞を受賞しているのですが、受賞をするくらい素晴らしい本だと思います。変な言い方ですが、この時期の貴志さんはこの本に懸けた感じがするのです。内容の濃さを出すための入念な、生命保険絡みの殺人事件の下調べや犯罪心理学。そして伏線の回収の仕方と全体にこれが言いたかったんだというテーマ性が非常に美しく融合しています。クリムゾンの迷宮も面白かったのですが、この本はやっぱり貴志さんの代表作だと思います。

素晴らしいの一言。